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思い通りにいかない

2019年11月2日。私は、一人岐阜県立森林アカデミーにいた。(と言っても、ここまでは娘も一緒に来て、キャンプへと出発していった。)

本当は一人でご飯を食べに行くことも嫌な私。

でも、この年の『森のようちえん全国交流フォーラム』には、絶対行く!と決めていた。

「着いたっ!やったぞ。」ドキドキする。

フォーラムでは、基調講演や分科会やミニ セッション等々盛りだくさんの内容があり、どれも魅力的だったのだけど、なんとか分科会を選んだ。

 

さあ、その分科会のひとつでの言葉が『思い通りにいかない。』    

徳島県の、NPO法人自然スクールトエック代表  伊勢達郎さんの言葉である。

子ども達が「ありのままでいること」をたっぷりと保障されているトエック。自分の気持ちを素直に表現すること。裁かれたり、ごまかされたりすることなく、認められることを経験していく。

そんなフリースクール(ようちえんと小学校)を営んでいらっしゃる方✨

 

参りました! 

 

その通りです。今まで、大人が良しと思う目標を掲げて幼児教育に取り組んできたけれど、たいていは、子ども達がとんでもなくおもしろいことを思いついて、こちらの意図する方向とは違うほうに向かうものだった。そうすると、そこで一緒に遊んでしまう私と、建前上、こちらの道筋に戻そうと無理する私のせめぎあい。疲れる。

 

または、優しく私を立ててくれる女の子がいて、こんな感じよね。とばかりに合わせて遊んでくれるのだった。そうすると、何だか上手くいったみたいと思うけれど、それもまたモヤモヤが残ったりして。

もともと、こんな風にしてやろうなどという勝手な思惑(それを保育のねらいという)を持っていること自体が子どもに失礼だ。

 

子どもは、大人の思い通りになどいかない。

もし、大人の思い通りにいったと思ったとしたら、それは、子どもの優しさで大人に合わせてくれている、又は、恐怖により自分を隠しているのかもしれない。

 

大人の都合で、大人にとって都合の良い子どもを育てることは、実はできるのだけど、(支配すること。)でもそれは、その子の将来を考えたら、とんでもなく恐ろしいこと。

 

本来、子どもは大人の「思い通りにいかない」存在なのだ。あきらめよう。受け入れよう。肩の力を抜いて、その子のそのままを見つめよう。

この世のあらゆることは、「思い通りにいかない」と思っていればずいぶんラクになる。

それは、世の中を悲観するのとは違う。子どもの幸せ、世の中の幸せを願い、それに向かう姿を応援する。何とかしてやろうなどと思わずに、応援する。大人にできることは、それだけだろうなぁ。